「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の好開示事例まとめ

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代表取締役

吉田 有輝

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吉田 有輝

有限責任あずさ監査法人、EYストラテジー・アンド・コンサルティングにて会計監査や財務デューディリジェンス等の業務に従事した後、ベンチャー投資会社の株式会社REAPRAにて投資先支援や投資実行、バリュエーション等を実施。2022年に株式会社Mutualを設立し、代表取締役に就任。 「決算書の読み方 最強の読み方(ソシム、2020年)」の著者。公認会計士。

2023年3月、東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表しました。これは、プライム上場企業の約半数、スタンダード上場企業の6割がROE8%未満、PBR1倍割れであったという状況を受けて、企業価値向上の実現に向けて経営者の資本コストや株価に対する意識改革が必要だということで公表されたものです。

ここでは以下の対応が要請されており、対象は、プライム・スタンダードに上場する全ての企業とされています。

一方で、具体的にどのような開示を行えば投資家から評価されるのか、悩んでいるIR担当者も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示におけるポイントと、筆者の考える好開示事例を簡単にまとめていきたいと思います。

1事例①:アバントグループ

アバントグループは、連結会計システム「DIVA」や、経営管理システム「AVANT Cruise」等を展開する会社です。同社は、2024年2月29日に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を開示していますが、多くのグロース企業にとって参考になるのではないかと思われます。

まず、同社は「現状評価」として、PBR、資本コスト、ROE、PERを開示しています。

PBRについては平均で5.7倍と、1倍を大きく上回っており、投資家から成長性が一定評価されている旨を言及しています。

そのうえで、資本コストのレンジを、算出根拠とともに説明しています。

ROEも、一般的に望ましいとされる8%を上回っており、かつ株主資本コストを上回っていることから、あまり課題がないようにも思えますよね。

一方で同社は、PERを見た際に、利益を安定的に生み出しているSaaS企業の平均PERと比較するとまだ相対的に低いということを説明しています。

同社は現時点ではコンサルティングやアウトソーシング等のサービス売上比率が大きくなっていますが、今後はソフトウェアの売上比率を伸ばしていこうとしており、その中でSaaS企業の平均水準に到達する必要があると考えていることが窺えます。

「うちはPBRが1倍を上回っているから開示しなくていい」と考えるのではなく、自社が標榜する業界の平均的な水準と比較して課題があるという説明を行っている点は参考になります。

また、具体的な取組方針についても、PBRを分解して分かりやすく示しています。

同社が特徴的なのは、投資家との対話状況についても詳細に開示している点にもあります。説明会の開催数、個別面談数、海外ロードショー件数に加えて、ターゲティングの考え方も開示しています。

さらに、どのような対話を行っているかについても具体的に開示しています。対話内容をここまで詳細に開示しているのは珍しいと言えるため、積極的な開示姿勢が垣間見えます。

2事例②:トーカロ

トーカロは、溶射技術で国内シェアNo.1の会社で、株価はここ数年で順調に伸びています。同社の資本コスト資料も、大変シンプルながらデザインも洗練していて分かりやすかったので、参考にできる部分があるのではないかと思います。

https://pdf.irpocket.com/C3433/nGVW/JAga/nzkY.pdf

同社はまず、ROEとPBRを開示し、それぞれ資本コストと1倍を上回っている旨を説明しています。

また、利益率に関しては目標を達成しているものの、ROEが目標を下回っており、その要因は現預金と純資産が積み上がっていることにある旨を説明しています。

その上で、3つの観点で取組みを強化し、ROEを安定的に15%以上としていくことを述べています。

②の現預金水準の最適化については、運転資本、安定配当を実施するための配当原資、Capexの原資を確保しつつ、それを上回る現預金については、ROEのバランスを見ながらM&Aや自社株買いを行っていくと説明しています。

また、配当性向やDOEについても、過去からの推移を示しながら目標値を説明しています。定点で実績値と目標値のみを掲げるのではなく、過去からの推移を見せることで、着実に株主還元を厚くしてきた歴史を見ることができることから、見せ方として一定有用なのではないかと思われます。

3事例③:ワコールホールディングス

婦人下着の国内最大手のワコールホールディングスは、23/3期、24/3期と2期連続で営業赤字を計上しており、経営としては苦しい状態が続いていますが、2023年11月に、この状況を打破して再成長するための戦略を中期経営計画として発表しています。

https://www.wacoalholdings.jp/ir/library/strategy/files/wacoalpresentation20231109_2.pdf

この中計は非常に分かりやすいので全ページ見ていただきたいですが、中でもこのページは、PBRを向上させるための取組みが非常に分かりやすくまとめられています。

アセットライト化の推進については、何によってどの程度の資金を創出していくのかが明確に説明されていることから、投資家に好感されやすい開示だと言えます。

また、資本効率を高めるためのガバナンス体制強化の一環で、ROICマネジメントを導入する旨も説明しています。

ROICを浸透させるための勉強会の実施や、役員等の報酬に連動させる旨が説明されていることから、経営陣による資本効率向上の意思の強さが垣間見えるため、このような開示を行っていることも投資家にとっては好感されやすいと言えるでしょう。

4まとめ

本記事では、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の好開示事例についてまとめました。本記事の執筆にあたって様々な企業の開示事例を調査しましたが、正直言ってこの開示を積極的に開示している企業はまだまだ少ない印象でした。

逆にいうと、資本コストや株価を高めていくための戦略を明確化し、それを分かりやすく開示することで、投資家からの注目を集めやすいとも言えます。本記事も参考にしつつ、説得力のある開示を行うことで企業価値向上につなげていただければと思います。

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