優れた中期経営計画の要諦と好事例(中小型企業編)

目次
1はじめに
本コラムでは、IR活動の要となる中期経営計画(以下、中計)について、投資家やステークホルダーに評価される「いい中計」の作り方を解説します。特に、3〜5年という中期的な視点で企業の成長を描く中計は、株価向上や社内浸透に直結しますが、開示後の反応が分かれるのが実情です。
そこで今回は、中小型の成長企業に焦点を当て、中計に盛り込むべき必須内容、具体的な企業事例等、実務での活用ポイントを紹介します。中計のみならず、成長可能性資料・決算説明資料の作成にも役立つ内容になっていると思いますので、ぜひご活用ください。
2中期経営計画に盛り込むべき内容
中計は、単なる数値目標の羅列ではなく、企業の「羅針盤」として機能するものです。長期ビジョンを達成するための具体的な道筋を示し、ステークホルダー(投資家、従業員、取引先など)に信頼感を与えることが目的だとも言えます。
特に投資家は、企業の将来像(将来の状態、およびそれに伴う財務数値)を想像し、現在の株価との比較により投資妙味を判断し、投資を決定します。わかりやすい中計を作成するためには、以下の内容を体系的に盛り込むことで、投資家が「企業の将来像を予測できる」状態をつくることが肝要です。
2-1長期ビジョンと経営理念の明確化

中計の基盤となるのが、企業の長期的な「あるべき姿」です。
経営理念を起点に、5〜10年後のビジョンを簡潔に述べます。例えば、後述するコロンビア・ワークス社(『不動産領域を超えてライフスタイルを提案し、社会の「QOL」を上げる』)のように、事業領域におけるテーマを設定し、持続可能な成長および解決する課題を強調します。
これにより、中計が単発の計画ではなく、長期戦略の一部であることを示せます。経営者を中心に社内主要メンバーを巻き込み中長期のビジョンを明確化するプロセス自体にも、社内エンゲージメントを高める効果があると考えられます。
2-2現状分析と外部環境の認識に関する説明

前の中計の振り返りや、現状分析を客観的に記述します。外部要因(例: 市場変化、競合動向、経済環境)も考慮し、VUCA時代に対応した柔軟性を強調。例えば、新型コロナのような不測の事態を想定したリスク管理を明記することで、投資家の信頼を獲得できます。
また、同業他社との戦略・オペレーション・リソース上の違いを記載することで、企業としての独自性を主張することが重要です。データやグラフを活用し、数値で裏付けるのがポイントです。
2-3具体的な数値目標とKPIの設定

中計の核心は、売上高、営業利益率、ROE(自己資本利益率)などの計測可能な数値目標です。3〜5年後の達成イメージを明確にし、定性的目標(例: 新規事業参入、M&A)も組み合わせます。
こうしたデータを元に、投資家は中計の実現可能性および現在の市場環境・評価を分析し投資判断を行います。
目標をブレイクダウン(部門別・年度別)することで進捗をトラックしやすくし、投資家目線で成長可能性をアピールするために、EPS(1株当たり利益)や配当政策まで含められるとさらに良いでしょう。
2-4成長戦略と施策の具体化

中計の成功は、成長を加速させる戦略と施策の明確さに依存します。グロース企業では、特に既存事業の市場シェア拡大や第二・第三の柱となる事業の成長を重視した施策が求められます。市場浸透と顧客基盤の拡大、戦略的パートナーシップの強化、人材投資と組織力の強化、事業間シナジーによる独自の付加価値等、業界特性に応じた戦略を表現できると良いでしょう。
3具体例:成長企業の中計紹介
ここからは、業績・株価成長を伴った企業の優良事例を3社紹介します。
これらは、独自のビジネスモデルやM&A・DXを軸とした中長期成長戦略が投資家評価を高め、株価に反映された点で選定しています。デザインの工夫や戦略の明確さ、投資家の疑問点や不安を解消するような表現がなされていることが共通点です。
3-1コロンビア・ワークス株式会社
2025年12月期第2四半期 決算及び中期経営計画説明資料 コロンビア・ワークス株式会社
(1) 長期ビジョンと経営理念の明確化


コロンビア・ワークスは、「Quality of Life」を向上させるテーマ型不動産開発を長期ビジョンとして掲げ、個人のこだわりを満たす高付加価値物件を開発する理念を明確にしています。このビジョンは、従来の不動産開発がコモディティ化する中、独自のテーマ(例: 朝活、アート、車など)を軸に差別化を図るもので、持続的な成長を目指していることが見て取れます。
(2) 現状分析と外部環境の把握

マクロ環境として、金利上昇や不動産市況の好調を分析し、販売・仕入環境が好況感を継続する見通しを示しています。外部要因としてインフレ基調や建築費の高止まりを指摘し、当社の影響は限定的と評価。二極化が進む市場で賃料収入の上昇が見込めるエリアに注力する対応を述べ、環境変化を注視する姿勢を明確にしています。
(3) 具体的な数値目標とKPIの設定


中期経営計画で2027年12月期の営業利益7,500百万円を目標とし、CAGR+25.9%の成長率を設定しています。
エクイティ調達不要での成長ラインを基盤とし、市況次第では調達の可能性(=すなわち更なる成長)を示唆することで、投資家に対する安心感の醸成および適切な成長期待を促している点が注目です。
(4) 成長戦略と施策の具体化


当資料では、当社ならではのテーマ型不動産開発および運営管理の一気通貫モデルの強みを端的に示しています。それにより、当社のユニークさやビジネスモデルの模倣困難性を説明しています。
また、各子会社の売上計画・KPIをブレイクダウンして提示することで、実行性の担保および、四半期決算でのモニタリングを可能としている点に注目です。
3-2株式会社イトーキ
(1) 長期ビジョンと経営理念の明確化


続いて紹介するのは、株式会社イトーキです。当社は2022年に社長交代し、元オラクルCOOの湊氏が代表に就任、(社長就任前の顧問期間である)2021年から2029年までの9年間を長期の経営計画とし、3年ごとの中期経営計画を立て急激に業績を伸ばした変革企業と言えます。
中期経営計画「RISE TO GROWTH 2026」では、売上高1,500億円、営業利益140億円、ROE15%を目指す中期ビジョンを明確化。「明日の『働く』を、デザインする。」を理念に、ワークスタイルデザインを通じて持続的な成長を追求しています。
このように、長期のビジョンからブレイクダウンし、該当期間を全体戦略の中でどのような位置付けとするのか、その際のオペレーションや財務戦略はどのような変化を志向しているのか、を明言している資料は、上場企業の中でも珍しく、大変参考になると思います。
(2) 現状分析と外部環境の把握


ワークプレイスへの投資におけるリニューアル案件の比率に注目し、コロナ以降の人的資本投資におけるオフィスリノベーションの重要性を分析しています。特に、ファシリティコスト対人件費のレバレッジ効果を強調、市場成長の堅調さを示しています。
(3) 具体的な数値目標とKPIの設定、(4)成長戦略と施策の具体化



当社は2026年までの高収益化フェーズにおいて、7Flagsという7つの重点戦略を掲げています。既存オフィス事業の高収益化、物流・研究施設事業の事業成長、グループ生産体制の再編など、それぞれのテーマに対し適切なKPIを設定し、モニタリングを実施しています。
また、戦略投資/R&Dだけでなく、人的資本投資や株主還元についても明確なKPIを提示し、キャッシュアロケーション戦略を丁寧に説明していることは、投資家にとっての安心材料となるでしょう。
3-3セレンディップ・ホールディングス株式会社
(1) 長期ビジョンと経営理念の明確化 / (2) 現状分析と外部環境の把握

当社は、日本の中堅・中小製造業の事業承継を支援する「モノづくり企業グループ」を形成する事業投資会社です。M&Aや事業承継の実行、経営ノウハウの提供、プロ経営者の派遣、さらにはIoTや協働ロボットを活用した現場の改善支援などを通じて、対象企業の経営近代化と成長を支援しています。
ミッションとして「日本の中堅・中小製造業を世界に誇れる100年企業へ」を掲げ、ビジョンではプロ経営者の輩出と経営の近代化を通じて日本のモノづくりに革新を起こすと明確化。


また、経営者の高齢化と後継者不在による休廃業増加、労働生産性の低さを現状分析し、事業承継M&Aの需要を指摘しています。
グローバル化による付加価値源泉の変化(EV化進展)と5つの課題(高齢化、生産性低さなど)を挙げ、当社特有の事業承継トータルソリューションで解決する方向性を明確に示しています。
(3) 具体的な数値目標とKPIの設定


中期経営計画「セレンディップ・チャレンジ500」では、2027年3月期売上高500億円、営業利益25億円、ROE20%以上を目標として設定しています。この数字は当時の市場予測を大きく上回り、中計発表後に株価は急伸しています。
また、主要KPIとしてM&A実行件数、海外売上高、経営人材輩出数など、領域ごとの重要KPIをブレイクダウンし、進捗を測る指標として活用しています。
(4) 成長戦略と施策の具体化


モノづくり事業承継プラットフォームを基盤に、M&A実行基盤で非連続成長を推進し、経営管理基盤でチーム経営とマネジメントツールを標準化。モノづくり基盤では「セレンディップ改善スタンダード(SKS)」を活用し、現場変革とグローバル化を図っています。
特にPEファンドやコンサルティングファームと比較した当社独自の強みとして、製造業に特化した経営変革の実績、および必ずしもエグジットを前提としない投資、のユニークなビジネスモデルを端的に示しています。
当社が中計で掲げるKPIをいかに達成できるのか、他社との競争や模倣に対しての優位性がどこにあるかを提示することで、財務目標の達成に説得度を持たせる資料となっています。
4終わりに
中期経営計画は、企業の持つ中長期ビジョンの理解を促進する強力なツールです。また、端的に財務目標および各施策での戦略・重要KPIを示すことで、投資家のバリュエーション算定を手助けする材料でもあります。
以上に挙げたような中計に盛り込むべき内容を基に、さまざまな企業の好事例を参考に作成・発信することで、投資家による評価向上および、企業に対する社内外理解の促進が期待できます。
一方、全ての企業が杓子定規の資料開示をしては味気ないことも事実です。必須内容をカバーした上で、いかに独自の表現や(社内外の)人を惹きつけるビジョン・投資家の想像力を膨らませる余地を残した資料にしていくのか、担当者の力量が問われるところです。
5Mutualの支援について
当社は、中期経営計画を含む開示資料の作成支援や、企業価値向上に向けた戦略的なIR活動を推進するためのIRコンサルティング等のサービスを提供しています。
具体的な支援内容や支援実績、料金等の情報を知りたい方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。無料相談も承っています。