「グロース市場の今後の対応について」の要点と雑感まとめ

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代表取締役

吉田 有輝

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代表取締役

吉田 有輝

有限責任あずさ監査法人、EYストラテジー・アンド・コンサルティングにて会計監査や財務デューディリジェンス等の業務に従事した後、ベンチャー投資会社の株式会社REAPRAにて投資先支援や投資実行業務、バリュエーション等を実施。 2022年に株式会社Mutualを設立、代表取締役に就任。創業来、IR支援を中心に事業展開している。 「決算書の読み方 最強の読み方(ソシム、2020年)」の著者。公認会計士。

2025年7月9日に、市場区分の見直しに関するフォローアップの第22回の資料が公表されました。本記事では、この中でも特に注目を浴びているトピックの一つである「グロース市場の今後の対応について(以下、同資料)について、要点と雑感をまとめていきます。

https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up

15年で100億という上場維持基準について

今回最も注目されたのが、グロース市場の上場維持基準に関する議論かと思います。

第21回のフォローアップ会議で、「グロース市場へ上場後、5年以内に時価総額100億円を超えなければ上場を維持できない」とする案が明示されたことが大きく話題を呼びました。現状の維持基準は「10年で40億円」なので、実現すれば大幅な厳格化となります。
この案については賛否両論がありましたが、以下のように概ね賛成意見が多かったように思います。

  • 小規模な「上場ゴール」案件が減ることは市場全体にとってプラスではないか
  • 機関投資家がグロース市場で投資を行いやすくなるのではないか
  • 合従連衡が進むのではないか

しかし今回の第22回会議では、この「5年で100億円」というルールに猶予期間を設ける案が提示されました。具体的には、5年経過時点で基準を満たせない場合、自社で追加の猶予期間と計画を設定して提出すればよいというものです。

出所:JPX「グロース市場の今後の対応について」

東証が猶予期間の期限を設けない理由としては、例えば「2035年まで」などと期限を設定すると、逆に「そこまでは大丈夫」と企業に受け止められてしまう懸念があることや、一律の線引きが難しいことが挙げられています。

一方で、第22回の議事録を見ると、この「期限を設けない」ということに対しては否定的な意見が多く見られました。「猶予期間を定めず、市場原理に任せればよい(つまり、長すぎる猶予期間を設定しても結局投資家は離れ株価は下がる)」という意見もあったものの、やはり緊張感を持たせるために経過措置の期限は設けるべきという声が多かった印象です。Xでも、無期限の猶予期間を設けたことについては否定的な意見が散見されました。

https://twitter.com/aryarya/status/1942882464265130342/quotes

その中で、委員の一人である三瓶氏は、「計画の期限は設けたほうが良いと思うが、システマチックに機械的な適用をするのは望ましくない」との意見を述べられていました。例えば、期限と市場の暴落が重なった場合には、その適用を延期するなど柔軟に対応すべきという考えです。また、次のような指摘もありました。

「特にグロース市場に上場するような会社においては、従業員が会社の将来の成長を期待しており、今のキャッシュでの給与というよりは株を持って会社の成長の恩恵を受けることを前提としている。そうした中で市場環境が悪化し、期限が近づいて従業員が辞めてしまうと、その会社の成長達成は非常に難しくなる」

筆者個人としても、経過措置の期限は明確に設定しつつ、マーケットの急激な悪化時には東証が柔軟な対応を行えるようにしておくというのが、現時点での最善策ではないかと考えています。

2グロース市場の健全な発展に向けた新たな取り組み

2-1成長性に着目した新指数の開発

同資料では、グロース市場の課題のひとつとして、機関投資家の参加が少なく、個人投資家中心のマーケットとなっている点が挙げられています。個人投資家は「短期的な値上がり」や「株主優待などの利回り」を重視する傾向があり、企業が中長期の成長に向けた投資をしても評価されにくいとのことです。

この課題を解決するため、第22回の議事録では、JPX総研において「新興企業の成長性に着目した指数」の検討を進めていくことが明らかになりました。グロース市場の趣旨に則り、しっかりと成長を続けている会社が組み入れられるような指数が開発されれば、グロース市場に投資する機関投資家の層が厚くなり、企業側も短期的な株主還元ではなく中長期的な成長に注力しやすくなると期待されています。
成長性を評価する指数の開発については、永見氏、三瓶氏からも賛成意見が挙がっています。

今後、実際にそのような指数が作られるのか、作られる場合具体的にどのような内容になるのかは要注目です。

2-2M&Aに対する東証からのサポート

グロース上場企業の経営者からは、「成長に向けた手法としてM&Aが注目されているが、経験が乏しく、どのように活用すべきか分からない」という声が上がっています。たしかに、グロース市場の企業が大きく成長するためには、M&Aは不可欠な選択肢です。既存事業のオーガニック成長だけで規模を拡大できる企業はごく一握りであり、ほとんどの場合では、新規事業への進出やシェア獲得のためのM&Aが重要となります。

しかし、M&Aは非常に専門性の高い業務であり、経験がないと実行は難しいものです。この点について、松本氏は「M&Aは課題解決に向けた大変重要な企業活動であり、これこそが東証としてサポートできる部分ではないか」と指摘しています。今後は、証券会社や監査法人と連携し、M&Aのケーススタディや、法務・会計に関するプロトタイプを提示するといった、東証からのサポートが行われる可能性があります。

3グロース上場企業が今すぐ取り組むべきこと

上場後のIR活動に悩む経営者も多いと聞きます。「粛々と業績を伸ばせばいいのか、IRを積極的に行えばいいのか、効果的なアプローチが分からない」といった声に対し、フォローアップ会議では、企業が今すぐ取り組むべき具体的なアクションが示されました。

3-1自社の成長段階を明確化する

委員の三瓶氏は、TAM(Total Addressable Market)、SAM(Serviceable Available Market)、SOM(Serviceable Obtainable Market)の説明をしながら、自社の成長段階を明示していくことの重要性を説いています。つまり、短期・中長期で獲得を目指す市場の規模を明確に示し、自社が今どのフェーズにいて、どれくらいの時間軸でどの程度の規模感を目指すのかを明示することが重要だということです。

この開示に長けているのがSHIFTです。同社は2018年の段階から、売上規模のフェーズごとにどのような状態を目指すのかを明示し、成長ステージを明確化していました。さらに、売上高300億円に向けた方針と、1,000億円に向けた方針を具体的に示しています。

2018年8月期_第4四半期決算説明資料

これは、自社が対象とする市場の解像度や、今後の成長戦略に関する解像度が相当高くないとできない開示だと言えます。そのため、まずはこうした開示を行う前に社内で議論を重ね、これらの点を明確化していくことが重要だと言えるでしょう。

3-2ファンドマネジャーへの積極的なアプローチ

時価総額が200億円を下回るような企業は、機関投資家に会いたくてもなかなか会えないという現実があります。しかし、中小型のファンド自体は意外と多く存在します。前述した「自社の成長段階」を明確化したら、そうしたファンドを運用するファンドマネジャーに積極的に会っていくことが重要です。

ファンドマネジャーを洗い出す方法としては、国内投信であれば運用会社のWebサイトから各ファンドの情報にアクセスし、地道に中小型ファンドを探していく方法があります。また、「Factset」のようなデータツールを活用して探すこともできます。
当社の「IRデータベース」には、中小型株を運用するファンドマネジャーを検索する機能もございますので、詳しくはこちらからお問い合わせください。

もしファンドマネジャーの連絡先が分かれば、直接コンタクトしたり、LinkedInでDMを送ったりするのも有効な手段です。また、バイネームで証券会社に依頼してみるのも良いでしょう。いずれにせよ、ここのアプローチは人海戦術的な要素がどうしても必要になってくる点は押さえておくべきだと言えます。

4まとめ

  • 「5年で時価総額100億円」ルールに猶予期間が設けられる案が出たが、議論は紛糾。猶予期限の上限は企業の裁量とされているが、市場や専門家からは懸念の声も。今後の動向に注目。
  • グロース市場の活性化に向け、JPX総研が「成長性に着目した指数」の開発を検討している。これにより、機関投資家の投資を呼び込み、中長期的な成長を促す狙い。
  • グロース上場企業の経営者向けに、東証がM&Aに関するサポートを行う可能性が示唆された。M&Aの成功事例や会計・法務に関するプロトタイプが提示される可能性がある。
  • グロース上場企業は、IR活動の前にまず「自社の成長段階」を明確化することが不可欠。SHIFTの事例のように、具体的な市場規模や成長ステージを明示することで、投資家からの評価が高まる。
  • 中小型ファンドのファンドマネジャーに積極的にアプローチすることも重要。自社の成長ストーリーを明確にした上で、地道なIR活動を進めていくことが重要。

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