TAM・SAM・SOMの算出方法と事例を解説

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代表取締役

吉田 有輝

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代表取締役

吉田 有輝

有限責任あずさ監査法人、EYストラテジー・アンド・コンサルティングにて会計監査や財務デューディリジェンス等の業務に従事した後、ベンチャー投資会社の株式会社REAPRAにて投資先支援や投資実行、バリュエーション等を実施。2022年に株式会社Mutualを設立し、代表取締役に就任。 「決算書の読み方 最強の読み方(ソシム、2020年)」の著者。公認会計士。

決算説明資料や中期経営計画、成長可能性資料等のIR資料を作成するときに、自社の属する市場の潜在的な規模を示すのはマストだと言えます。なぜなら、売上高100億円の企業があったとして、その会社が属する市場の市場規模が1兆円の場合と500億円の場合とでは、中長期的な成長可能性が全く異なるためです。

中長期目線で投資を行う投資家は、「市場規模に鑑みてどれくらいまで事業が伸びる余地があるか」ということと、「実際にそこまで事業を伸ばせる蓋然性がどの程度あるか」ということを非常に重視します。

では、自社の属する市場規模は、どのように表現すればよいのでしょうか。
表現の方法はいくつか存在しますが、「TAM、SAM、SOM」を用いて説明する方法があります。そこで、本記事では、TAM、SAM、SOMの定義や算出時の注意点、他社事例等を分かりやすく解説します。

1TAM、SAM、SOMの定義

まず、TAM、SAM、SOMの定義について簡単に説明します。

1-1TAM

Total Addressable Marketの略で、獲得できる可能性のある全体の市場規模を意味します。

これだけを聞いてもイメージがつきづらいかもしれないので、具体例を示しながら説明してみます。

例えば、国内でヘアケア用品のD2Cのビジネスを展開する会社があったとしましょう。
この会社は、今はヘアケア用品をD2Cで販売していますが、将来的にはスキンケア用品、メイクアップ用品等を販売し、またD2Cだけでなく店舗、他のECサイト等様々なチャネルで販売を手掛けていく可能性があります
そのため、この場合は「国内化粧品市場」をTAMとして定義することができるでしょう。
ちなみに、2022年度の国内の化粧品市場は、2兆3,700億円だと言われています(矢野経済研究所調べ)。

1-2SAM

Service Available Marketの略で、獲得しうる最大の市場規模を意味し、TAMよりももう少し絞り込んだ概念となっています。

TAMとの違いは、短期〜中期的に獲得することを目指しているかどうかという点にあります。先ほどの例だと、ヘアケア用品のD2Cを手掛ける会社が「うちはこれから美容系の全ジャンルの商材を扱い、マルチチャネル化することで、国内の化粧品市場全てを獲っていきます!」と言っても、総花的すぎて投資家からすると「いや、たしかに長期で見たらその可能性はあるかもしれないけど、一旦現実的に獲得を目指す市場がどこか教えてよ」と言いたくなりますよね。

この、「現実的に獲得を目指す市場」の市場規模こそがSAMだと言えます。

先ほど例で挙げたヘアケア用品のD2Cを展開する会社が、ヘアケア用品をD2C以外のマルチチャネルで展開していく戦略を掲げている場合、「ヘアケア用品市場」をSAMと定義することができるでしょう。
ちなみに、2022年度の国内のヘアケア用品市場は、4,810億円だと言われています(矢野経済研究所調べ)。

重要なのは、SAMの定義は、「企業がどの市場の獲得を目指しているのか」という戦略によって変わってくるということです。そのため、SAMをいきなり定義しにいくのではなく、まずは市場を細分化し、どの市場を獲っていくのかという戦略を立てていく必要があると考えられます。

1-3SOM

Service Obtainable Marketの略で、今展開している事業で実際にアプローチできる市場規模を表します。

先ほどの例で言うと、「ヘアケア用品のD2C」という、現在展開している事業の市場規模がSOMに相当すると言えるでしょう。
TAMやSAMと比べて最も絞り込まれた市場で、自社の中長期的な売上目標だと捉えることも可能です。

では、これらTAM、SAM、SOMは、具体的にどのように算出していけばよいのでしょうか?算出方法としては、大きくトップダウンアプローチボトムアップアプローチが存在します。以降では、それぞれについて簡単に説明していきます。

2トップダウンアプローチ

トップダウンアプローチは、調査レポート等に記載されているデータを利用して市場規模を算出する方法で、TAMやSAMに使われることが多いです。「調査レポートの情報を書くだけだから簡単なのでは?」と思われるかもしれませんが、実際は「どの市場の情報を使うか」ということを決めるのが非常に難しいと言えます。そのため、いきなり矢野経済研究所等の調査レポートを購入するのではなく、まずはしっかりと「自社の事業ドメインはどこなのか?」ということを、ミッション・ビジョン等にも照らしながら明確化していくことが必要となります。具体例も交えながら見ていきましょう。

2-1note

メディアプラットフォーム「note」を展開するnoteは、有料記事やメンバーシップ等の購入額に手数料率を乗じた金額が収益となっています。この事業に鑑みると、もっとも直接的に関連する市場は「オンライン上のテキストコンテンツの市場」だと言えそうですよね。

この点、noteは、「デジタルコンテンツ市場」をTAMとして定義しています。デジタルコンテンツは、電子書籍、音楽、ゲーム、映像も含むことから、現在の「オンライン上のテキストコンテンツ」とはかけ離れているようにも見えますが、長期的に見れば「コンテンツ」という共通点からこのような領域に進出していく可能性があると言えます。そのため、総務省の調査で出されているデジタルコンテンツ市場をTAMとして設定しています。

出所:note_事業計画及び成長可能性に関する事項(2022年)

2-2カオナビ

TAMは、複数の市場を合算して算出されることもあります。この方法を利用している会社としては、オナビが挙げられます。

カオナビは、タレントマネジメントシステムを提供する会社ですが、TAMを「人材データプラットフォーム関連市場」としています。

この「人材データプラットフォーム関連市場」は、以下の合算とされています。

  • 求人広告・職業紹介・派遣の市場規模
  • 企業向け研修サービスの市場規模
  • 再就職支援業の市場規模
  • EAP(従業員支援プログラム)市場規模
  • 採用管理クラウド・育成定着クラウドの市場規模

1つの独立した市場で、自社の事業ドメインにガッチリと当てはまるものがない場合、このように調査レポートに掲載されている複数の市場規模を合算してTAMを示すパターンもあります。

ただし、合算項目が多くなりすぎたり、合算する市場同士の関連性が薄い場合は、長期的な方向性が定まっていない会社だと投資家に思われるリスクがあるため、その点には留意したいところです。

2-3ココナラ、BASE

TAMの算出に時間軸を入れている例として、ココナラやBASEが挙げられます。いずれも、現時点では顕在化している市場がまだ大きくないものの、今後急速に市場が伸びていく可能性がある領域で事業を展開しています。そこで、市場全体の成長率を仮定し、「20XX年にけるTAM」のような形で表現しているのです。

このように、現時点で巨大なTAMがなくとも、それが将来的に大きく拡大していくことが見込まれている場合は、このように時間軸を入れて説明することが有効だと考えられます。

3ボトムアップアプローチ

ボトムアップアプローチは、調査レポートに記載されている市場規模をそのまま使うのではなく、現在自社が展開しているサービスの単価に潜在顧客数等の係数を乗じる等、ボトムアップに市場規模を算出する方法です。

ボトムアップアプローチは、SOMの算出で使われることが多いと言えます。ここでも幾つか具体例について簡単に触れていきましょう。

3-1ユーザベース

SPEEDAやNewsPicks等のサービスを展開するユーザベースは、自社が展開する営業支援サービス「FORCAS」を通じて各サービスの潜在顧客数を割り出し、そこにプロダクト毎の想定顧客単価を乗じることでSOMを算出しています。典型的なボトムアップアプローチだと言えるでしょう。

3-2フリー

会計ソフト「freee」等のサービスを展開するフリーは、「日本の従業員規模別全潜在ユーザー企業数」×「freeeの課金形態」によりTAMを算出していますが、前者の潜在ユーザー企業数は国税庁の統計年報を参照しているためトップダウン的な要素がある一方で、freeeの課金形態を乗じている点はボトムアップ的な要素があります。このように、いずれかの係数を調査レポート等から取ってきて、そこに自社サービスの単価を乗じる方法もあります。

基本的に、自社の考える「将来獲得する可能性のある市場」が調査レポートに掲載されている市場と合致している場合は、その調査レポートの数字をそのまま使うことが正確かつ効率的なので望ましいと言えます。
一方で、そこがあまり合致せず、調査レポートから適切な情報を見つけることが難しい場合は、ボトムアップの要素も入れながら算出していくことが望ましいと言えるでしょう。

4算出時の注意点

TAM、SAM、SOMを算出する際の注意点についていくつか述べていきます。

4-1巨大なTAMだけを開示しても効果は薄い

投資家は「その会社のTAMは大きいか?」ということを重視するため、企業としてはTAMの大きさをアピールしたいのが普通だと思います。一方で、大きすぎるTAMのみを開示しても、あまり効果はありません。

例えば、建設会社向けのDXツールを展開する会社があったとします。この会社が、TAMを「建設市場」と開示していたとしましょう。たしかに、建設市場は市場は巨大で、国内だけでも60兆円以上あるとも言われています。

大手ゼネコンがこの建設市場をTAMとして掲げるのならまだ分かりますが、建設会社向けのDXツールを展開する会社が「うちのTAMは建設市場60兆円です!」と言っても、そもそも同社は建設会社ではないですし、実態と規模の差がありすぎてあまり意味をもたらさない指標だと思われてしまいます。

Arent

この点、建設業界に特化したDXコンサルティングやシステム開発サービス、、SaaS等を展開するArentは、TAMを「建設業界のIT投資額」としており、かなり現実味を帯びた定義としつつ、大きな市場ポテンシャルが存在することをうまくアピールしています。

このように、単に大きな市場を示せばよいということではなく、より現実味があり、投資家が期待を持ちやすい市場の規模も説明すべきだという点は押さえておくべきだと言えます。特に、まだ売上規模がそこまで大きくない会社が、TAMを数兆円や数十兆円とする場合は、もう少しブレイクダウンした市場をSAMやSOMとして開示することが望ましいと言えます。

4-2算出根拠はできるだけ明確にする

ほとんどの会社が、TAM、SAM、SOMをはじめとした市場規模の情報を載せる際、出典に算出根拠を載せると思います。しかし、その記載が曖昧になっていることが意外と多くあります。

ABEJA

例えば、AIシステムの開発や運用等の事業を展開する「ABEJA」は、SAMを「国内DX市場」と定義し、出典に富士キメラ総研のレポートを挙げていますが、これだけでは実際に原典を詳細に調べにいかないと具体的に何の金額なのかを理解することが難しいと言えます。

この場合は、具体的に何をDX投資と定義しているのかが付記されていると、より理解がしやすくなると考えられます。市場規模は、算出根拠の情報が極めて重要なので、ここはできるだけ曖昧さを排除して、くどいほど具体的に書くことが重要だと言えます。

4-3TAM、SAM、SOMというワードに拘泥する必要はない

最後は、「TAM、SAM、SOM」というワードに拘泥する必要はないという点です。寧ろ、最近はTAM、SAM、SOMというワードをきっちり使っている会社の方が減っている気がします。
例えば、先ほど例にも挙げたnoteは、上場当初は市場規模を明確にTAM、SAM、SOMに区切って説明していましたが、直近の説明資料ではその区分は消えています。

出所:note_事業計画及び成長可能性に関する事項(2022年)
出所:note_事業計画及び成長可能性に関する事項(2024年)

重要なのは、TAMがどれくらい大きいのかということと、TAMのうち、現実的に短期〜中期で獲得できる市場の規模がどの程度あるのかをうまく伝えることです。なので、必ずしもTAMとSAMというワードを出す必要もないですし、3つに区分する必要もありません。自社が最も伝えやすい形で市場を定義し、トップダウンやボトムアップで規模を算出することが重要であるという点は留意されたいところです。

5まとめ

本記事では、TAM、SAM、SOMの算出方法について簡単にまとめました。
なお、当社は、グロース市場に上場する企業のTAM、SAM、SOM等の市場規模情報を一覧化したスプレッドシートを作成しています。

自社の市場規模を定義する際に参考になるかと思うので、ご覧になりたい方は、以下のページからお気軽にご請求ください。

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