優れた中期経営計画とは?事例とともに分かりやすく解説
自社の企業価値を高めるために、3〜5年程度の業績計画とそれを達成するための戦略をまとめた中期経営計画を公表する企業は多く存在します。特に日本では中期経営計画を開示する会社が多いと言われており、大和総研の調査によると、2023年の上半期だけでも386件の中期経営計画が開示されています。
しかし、中期経営計画を開示してから株価が上がる会社とそうでない会社が存在します。この違いはどこにあるのでしょうか?本記事では、投資家から評価される中期経営計画を作成するために必要な留意点について、事例を挙げながら解説していきたいと思います。
目次
1自社の事業ドメインの構造と拡張性を説明する
まず、中長期の時間軸で投資を行う投資家は、「会社が属する事業ドメインがどのような構造になっていて、どの程度拡張性があるのか」ということを非常に重視します。そのため、自社の事業ドメインの構造や拡張性を説明することは不可欠だと言えます。
1-1ギフトホールディングス
これを非常にうまく表現している例として、ラーメンチェーン「町田商店」等を展開するギフトホールディングスが挙げられます。
同社の属する外食産業は、寡占化が進んだマーケットとそうでないマーケットに大別できます。例えば、ハンバーガーや牛丼、カレーといった産業は、上位3社のシェアが非常に高くなっています。
一方で、同社の事業ドメインであるラーメンは、上位3社のシェアが非常に低く、拡大余地が大きいことが分かります。他のドメインと構造の違いを比較しながら、大きな拡大余地が存在する旨をシンプルに説明した分かりやすいスライドだと言えます。
1-2メドレー
次に参考になる事例として、医療・介護領域に特化した求人サイト「ジョブメドレー」や、オンライン診療・服薬指導アプリ「CLINICS」等のサービスを展開するメドレーが挙げられます。
メドレーは、まず、現在の医療を取り巻く課題を整理した上で、どのような外部環境の変化が起きており、その中でどのような世界観を実現しようとしているのかを1枚のスライドで説明しています。
そして、コア事業である人材紹介事業と医療プラットフォーム事業について、それぞれの事業領域のポテンシャルを説明しています。
まず、人材紹介事業では、全産業の平均有効求人倍率と比べて、介護・看護・医療技術者等の有効求人倍率がかなり高いことを強調しており(画像左)、また、医療ヘルスケア人材の市場規模が、医療費の伸びに伴って伸長することも説明されています(画像右)。
また、医療プラットフォーム事業については、そもそも医療システム市場の大部分がオンプレ型の医療システムであり、メドレーの手掛けるクラウド型医療システムがまだまだ小さいことが強調されています(画像左)。それに加え、規制緩和やコストメリットの追求等の動きを背景に、クラウド型医療システムの市場規模が右肩上がりで伸びていることが説明されています。
パイチャートで伸びるポテンシャルがあることを示すだけでなく、実際加速度的に市場が成長していることを示すことで、拡張性に説得力を持たせている点が秀逸だと言えます。
2目標を達成するための事業戦略
当たり前ですが、自社の事業ドメインが有望であることをアピールするだけでは不十分で、そのドメインで成長していくための事業戦略を説明することが中計では不可欠となります。この事業戦略を説明する際の切り口はいくつか存在するため、以降ではそれぞれの切り口を簡単に解説します。
2-1既存事業の成長戦略
まず、一番ベースとなるであろう戦略が、「既存事業の成長戦略」であり、「オーガニック成長戦略」とも呼ばれたりします。既存事業は、既に明確なKPI等も存在しており、投資家も比較的業績予想を行いやすいと言えます。そのため、この既存事業をいかに伸ばしていくかをしっかり説明する必要があります。
この点、ポイントとなるのは、「シンプルなKPIに分解して、それぞれを伸ばしていくための取組みを説明する」ということです。
例えば、M&A仲介の事業を展開するM&A総研ホールディングスは、既存事業の売上高をKPI分解し、それぞれの指標を高めるための取組みを開示しています。
また、人材戦略についてはより詳細を開示しており、M&Aアドバイザー数の目標や、即戦力化に向けた育成体制を説明しています。
このように、各KPIを伸ばすために何をやっていくのかを説明することで、投資家としても既存事業の方向性や成長可能性を評価しやすくなります。
2-2収益性の向上に向けた戦略
利益を削ってでもトップラインを伸ばしていくことに集中するフェーズのグロース企業は、売上高をいかに伸ばすかといった戦略を語ることが重要だと言えます。一方で、ある程度事業が成熟している企業の場合、売上高を伸ばす戦略に加えて、「どのように収益性を高めていくのか」ということに関する説明も必要になると言えます。
例えば、ナノユニバース等のアパレルブランドを手掛けるTSIホールディングスは、「収益構造改革」と銘打って、収益性を高めるための方針や具体的な施策を開示しています。
また、飲食店向けに生鮮食品のECサイトを展開するフーディソンは、既存事業の成長戦略の中で、売上総利益率拡大とOPEX比率減少により収益性を向上させていく旨を説明しています。
そして、以降で3つの施策について具体的に説明を行っています。
このように、売上高を伸ばすだけでなく、「どのように利益を生み出していくのか」を説明することも、投資家から高い評価を受けるために必要な要素だと言えます。
2-3非連続的な成長に向けた戦略
巨大な市場規模がある市場に属しており、その市場の競争環境が熾烈でなく、かつ圧倒的な競争優位性を持つ企業でない場合、ひとつの事業で高い成長率を維持することは非常に難しいと言えます。
そのため、既存事業の成長戦略を語ることも重要ですが、それに加えて「非連続的な成長に向けた戦略」を説明することが重要になってきます。
典型的な例としては、新規事業の立ち上げやアライアンス、M&Aが挙げられます。この非連続的な成長イメージは、ミルフィーユチャートで表現されることが多いと言えます。
Chatworkを展開するKubell(2024年7月1日に、ChatworkからKubellに社名を変更)は、既存事業であるChatworkの成長に加え、BPaaS等のプラットフォーム事業と新規事業を成長させていくことを説明しており、それぞれの成長を実現するための3つの戦略を開示しています。
また、出張訪問買取事業等を手掛けるBuysell Technologiesは、投資領域の優先度を明確にした上でM&Aの戦略を説明しています。
当たり前ですが、単に「新規事業、M&Aをやっていきます!」というだけでは当然説得力に欠けます。そのため、
- これまで蓄積してきたアセットを活用できるのか
- 既存事業とのシナジーが期待できるのか
- 新規事業やM&Aを推進する専門チームが存在するのか
このような点が理解できるような説明になっていると、投資家に納得してもらいやすいと言えるでしょう。
3参入障壁と競争優位性
いかに秀逸な戦略を描いても、それを実行して計画を達成できなければ意味がありません。そのため投資家は、戦略を着実に実行できる強みがあるのかも評価します。
ここで必要となるのが、参入障壁や競争優位性の説明です。参入障壁が全くないと、次々と新参者が現れて価格競争に巻き込まれてしまう可能性がありますし、競争優位性がないと、簡単に戦略が模倣されて成長を続けることが難しくなってしまいます。
例えばフーディソンは、そもそも水産業に参入する際には、取得が困難な許認可が必要になる点が参入障壁となることを説明しています。
また、金融機関に対する基幹システムの提供等を行っているFinatextホールディングスは、①金融機関が新たにシステム導入をする機会がそもそも少ないこと、②金融機関との取引を開始するにあたっては実績が求められること、③既存の大手もわざわざ単価が低い領域に本格参入しづらいジレンマを抱えていることをもって、参入障壁が高いことを説明しています。また、その中でなぜ自社が参入できたのかもセットで説明されている点が参考になるかと思います。
競争優位性については、意外と明確に説明している企業は少ないと言えます。もちろん、競合に知られたくない側面もあるため、なかなか詳らかに開示しづらい部分ではありますが、やはり成長の蓋然性を説明する上で「自社の競争優位性」の説明は重要になってくると考えられます。
例えば、Chatworkを展開するKubellは、新たに開示した中計で「BPaaS戦略」を掲げていますが、これを推進できる理由として、これまで蓄積してきた顧客アセットを開示しています。
また、M&A総研ホールディングスは、採用や営業に関するKPIを徹底的に可視化することで、データドリブンな経営を行っていることが強みのひとつとして説明されています。
このように、参入障壁や競争優位性をうまく説明することで、単に戦略を語ること以上の納得度を投資家に与えることができると言えるでしょう。
4明確な財務戦略
中期経営計画で必須の項目と言えるのが、財務戦略に関する説明です。
2023年3月に東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」が公表し、自社の資本コストや資本収益性を把握し、それらの改善に向けた計画や取組みの進捗を開示することを要請しているように、「どのように資本収益性を高め、株価を高めていくのか」ということに関する開示は重要性が高まっています。
ここで重要になるのは、
- キャッシュをどのように創出するのか
- 創出したキャッシュを何に使うのか
- その結果資本収益性はどのようになるのか
についてしっかりと説明することです。
早速ですが、参考になる事例をいくつか挙げてみましょう。
TSIホールディングスのこちらのスライドは、「何によりどの程度のキャッシュを創出し、それを何にいくら使うのか」を端的に表現しています。
その上で、キャッシュ創出に向けた具体的な施策と、キャッシュアロケーションに関する具体的な方針を説明しています。
次に参考になる事例として挙げられるのが、ワコールホールディングスの中計における財務戦略のスライドです。同社はかなりの量の政策保有株式等を有していますが、中計ではこれら政策保有株式の売却等を通じてアセットライト化していき、株主還元を積極化させることで資本収益性を高めていく旨を説明しています。
また、PBR1倍超えに向けた具体的な取組みも開示しており、投資家としては期待を持てる内容となっていると言えます。
実際、ワコールはPL上の業績が落ち込んでいるにも関わらず、株価は上昇を続けています。
これらの会社の財務戦略の説明は、中期経営計画を策定する際にも参考になるのではと思います。
5まとめ
ということで、本記事では「投資家から評価される中期経営計画」についてまとめました。
なお、当社は、各社の中計の目次集や、計数目標や公表後の株価騰落率等をまとめたスプレッドシートを作成しています。
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