「分かりません」をどう書くか―宇宙ベンチャーの開示に学ぶ―
IR担当者にとって表現が難しいのは、まだ確定していない将来の事象についての説明ではないでしょうか。
来期の受注が読めない。新工場の立ち上げ時期が動きうる。大型案件は落札したが、契約はこれから。為替と資材価格の前提が置けない。こうした論点は、書きすぎれば後で修正することになり、書かなければ何も伝わらないため、決算説明資料をつくるたびに「どこまで書くか」悩まれることと思います。
そこで本記事では、不確定要素の開示が洗練されている宇宙ベンチャー業界の開示資料から学びます。
宇宙ベンチャーの事業は、ロケットの打上げ枠、衛星の稼働、着陸の成否といった、自社では完全に制御できない事象の上に成り立っています。結果が出るまでに数年かかり、出たときには成功か失敗かで決まるという不確定要素の塊のような事業です。それを四半期ごとに説明し続けなければならないという制約があるからこそ、その開示資料には学ぶべき点が多くあります。
目次
1成功か失敗かで終わる案件を10段階に分けて開示する|ispaceのマイルストーン
月着陸は、成功したか失敗したかのどちらかで語られてしまう事象です。ispaceはこれを10段階のマイルストーンに分け、各段階にサクセスクライテリア(達成基準)を設定しました。

この枠組みは、結果より先に公表されています。ミッション1の打上げを行った2022年12月のリリースの時点で、10段階と達成基準を設けること、各段階で技術検証を行い後続ミッションへ知見を蓄積することが示されています。ミッション2でも打上げ前に、評価結果を開発中の後続ミッションへフィードバックすること、達成の進捗を適時公開する予定であることが開示されました。
段階の切り方には一貫性があります。分離、航行状態の確立、マヌーバ、軌道投入と、いずれも外部から検証できる物理的な事象で区切られており、社内の設計レビューや意思決定は含まれていません。達成の判定を外部が自分で行えるため、進捗の報告が自己申告にならずに済んでいます。

ispace、ミッション2軟着陸未達に関する技術要因分析を報告
事前に置かれていることの効果は2つあります。ひとつは、ミッション1が「着陸できなかった」ではなく「Success 8まで達成し、Success 9の途中でも着陸シーケンス中のデータを含む知見を獲得した」と説明されていること。もうひとつは、ミッション2でSuccess 2から8まで達成のたびに個別のリリースが打たれたことです。段階を先に定義したことで、途中経過そのものがニュースになっています。結果が確定するまでの数年間、投資家が見立てを更新できる材料が定期的に供給されることになります。同じ内容でも、結果が出てから示せば釈明に見え、着手前に示していれば進捗報告として読まれます。
2レンジの上限・下限と、その外側まで書く | アストロスケールホールディングス2027年4月期通期業績予想
アストロスケールホールディングスは、2027年4月期の連結業績予想をレンジ方式で開示しました。理由も明記されており、期初時点では契約済みおよび選定済みのプロジェクトの進捗状況等の不確実性が高いため、より有用かつ合理的な情報提供を行う観点から採用したとしています。

アストロスケールホールディングス[186A]:事業計画及び成長可能性に関する事項 2026年7月29日(適時開示) :日経会社情報DIGITAL:日本経済新聞
予想の上限と下限だけを示されても、読み手にはそのどちらの数字が実現しやすいのかが分かりません。上限と下限それぞれが何を織り込んだ数値かが書かれていることで、幅そのものが情報になります。上限と下限の差が、そのままスケジュール遅延の織り込み量を表すことになります。
同社はさらに、予想値は受注済みの案件のみで構成されているため新規受注等があった場合は適宜上方修正を行う予定である、とも書いています。予想の作り方と更新の条件が期初に開示されているため、後の修正が例外ではなく運用の一部として読まれます。下限が受注済み案件のみで構成されると分かるため、下振れの余地と上振れの要因を切り分けて読めます。ispaceのマイルストーンと構造は同じです。
3数字よりも、前提と定義を重視する | 株式会社QPS研究所2026/5月 1Q期決算説明資料ほか
各社が独自に定めている指標や、将来の売上を試算したモデルは、出てきた数字よりも、その数字がどうやって組み立てられたかのほうが見られます。3社の開示は、その作り方を三つの異なる層で開いています。

QPSは小型SAR衛星を運用する企業で、衛星1機あたりの売上をモデルとして開示しています。1機が1日に撮影できる枚数、そのうち販売できると想定した枚数、1枚あたりの単価、そこから残る収益マージンまでが順に示され、売上が積み上がる過程を外から追えるようになっています。
特徴は、撮影可能な枚数と、計画に織り込んだ想定販売枚数が、別の数字として並んでいることです(同社は過去の説明資料で、1機あたり1日15枚を撮影可能としつつ、想定売上枚数は1機の場合6枚に置いていました)。能力の上限と計画値の差が見えるため、読み手は前提の保守性を自分で評価できます。コスト側も同様で、製造・打上げコストと運用コストが1機あたりの金額として示され、償却年数や宇宙保険の保険料を含むことまで注記されています。1機あたりの収益を単に提示するのではなく、その数字を構成する前提をすべて並べる。これが数字の信憑性を支えています。前提が分解されていれば、実績が計画から外れたときに、単価が動いたのか、稼働が落ちたのか、機数が遅れたのかを特定して説明できます。

アストロスケールホールディングス[186A]:事業計画及び成長可能性に関する事項 2026年7月29日(適時開示) :日経会社情報DIGITAL:日本経済新聞
アストロスケールは、売上収益に政府補助金収入を加えた「プロジェクト収益」を主要な指標としています。補助金の比重が大きい事業構造では、会計上の売上収益だけでは事業の規模が伝わらないためです。
同社はこの指標について、国際的な会計基準であるIFRSに規定された指標ではないこと、分析手段として重要な制限があるためIFRSに準拠した他の指標の代替として考慮されるべきではないこと、算定方法が他社と異なる場合には比較可能でなくなり有用性が減少する可能性があることを、あわせて注記しています。
独自指標は、定義次第で見え方が変わります。その限界を開示側が先に書いておくことは、一見すると指標の説得力を下げる行為ですが、実際には指標がどう使われるかを制御する働きをしています。注記があることで、この指標が他社の類似指標と単純比較されたり、IFRSの数値と取り違えられたりする余地が狭まります。なお同じ構造の指標は他社にもあり、Synspectiveも売上高に政府補助金収入を加えた総収入を指標として開示しています。


ispaceも独自の「プロジェクト収益」を置いています。会計上の売上高にSBIR補助金からの収入を加えた自社試算値です。
2026年3月期第3四半期に、同社はこの見込みを当初の約100億円から60億円へ、約4割引き下げました。注目したいのは、その4割を要因別に分解して示していることです。
減少分は、実質的な売上減少と、翌期以降へ繰り越された分とに色分けされ、繰り越しのなかでは能動的な後ろ倒しがさらに区別されています。そのうえで同社は、これらが契約の喪失や需要の減退による収益減とは異なるため、総契約金額(同社が「会社の稼ぐ力」と位置づける指標)に変化はないと結論づけています。「4割減った」という一つの数字が、消えた分・ずれた分・自ら遅らせた分に分けて提示されている例です。同じ4割減でも、需要が消えたのか時期がずれたのかで意味は大きく変わります。期ずれも歓迎される話ではありませんが、契約そのものを失った場合とは重さが違います。分解して示すことで、下方修正が事業の毀損と同一視されずに済んでいます。
QPSは数字の作り方を、アストロスケールは指標そのものの限界を、ispaceは数字が動いたときの中身を開いています。どの社も単純に数字を提供するだけではなく、読み手が自分で検算できる材料のほうを渡しています。
4うまくいかなかったときの説明の型を、先に決めておく|ispace技術要因の分析結果ほか
ispaceのミッション2は、2025年6月6日の月面着陸には至りませんでした。同社は6月10日時点のQ&Aを適時開示で出し、6月24日に技術要因の分析結果を公表しています。着陸を予定していた6月6日から、18日後のことです。
原因が完全には特定されていない段階での開示です。それでも、どこまで絞り込めたかが範囲として示され、金額と時間軸、業績予想への影響までが1本にまとまっています。判明した範囲と未判明の範囲が線引きされていれば、原因が特定されていなくても影響の上限は見積もれます。分からないから出さない、という選択を採っていない点が特徴です。


Synspectiveは、会計上の見積りの変更を同じ形で説明しています。5号機について、太陽活動の極大期で大気が厚くなり空気抵抗が増して高度が低下していること、スラスターの出力安定性にも課題があること、シミュレーションの結果2027年3月頃までの運用となる可能性があると判断して償却期間を変更したこと、影響額は減価償却費で今期6億円・来期1.5億円であることを示しました。太陽活動には確率的な要素があるため動向を注視しながら適宜開示する、と更新方針も添えています。外部要因、判断の根拠、金額影響、今後の更新方針が揃っているため、見積りの変更が唐突な数字の書き換えではなく、条件の変化への応答として読まれます。

同社は、開示のルール自体も変更しています。ロケットの打上げは、まず「この期間のどこかで打ち上げる」という2〜3か月ほどの候補期間が設定され、日程は打上げが近づくにつれて絞られていきます。従来、Synspectiveはこの候補期間の初日を「打上げ予定日」として開示するケースが多く、実際の打上げがその後ろにずれ込むたびに、遅れているのではないかという不要な懸念を生む要因になっていました。
そこで同社は、候補期間の最終日を打上げ予定日として統一し、その日を基準に打上げ機数をカウントする方式へ変更したと説明しています。同じ計画でも、候補期間のどこを予定日とするかで、遅れが出たかどうかの見え方は変わってしまいます。そこに残っていた企業側の裁量を、機械的なルールで塞いだ例です。
5おわりに
4つの事例は、いずれも結果そのものに作用するものではありません。段階を切っても着陸の成功確率は上がらず、幅で示しても受注は増えません。動かしているのは示された数字や日付を投資家がどう読むか、という視点です。
たとえば、受注残に未契約の案件が含まれているかどうかが分からないとします。このとき投資家は、その一項目だけを割り引いて評価することができません。結果として、受注残の全体が、さらには事業全体が「なんとなく不確実なもの」として扱われてしまいます。前提や定義を開くことの効果は、この「なんとなく」を潰すところにあります。不確実性そのものは消えませんが、どこにどれだけあるのかがはっきりし、それ以外の部分は確定した情報として読めるようになります。
もう一つの共通点は、判断の基準や数字の定義が、結果の出る前に公表されていることです。
結果が出てから基準を決められる状態だと、その基準は投資家にとってあまり意味を持ちません。企業側は結果を見たうえで、自社に都合のよい区切り方を選べてしまうからです。読み手には、その選び直しがあったかどうかが分かりません。先に公表しておけば、後から区切り方を変えるという逃げ道がなくなります。逃げ道をふさいでいるからこそ、後から出てくる説明が信用できるものになります。
ただし、先に公表しただけでは足りません。マイルストーンを達成した回だけ発表するのであれば、途中経過の開示は宣伝と変わりません。上振れしたときだけ予想を修正するのであれば、レンジの下限は意味を持ちません。うまくいかなかった場面でも同じ様式・同じ頻度で開示が続くかどうか。そこで初めて、事前の約束が本物だったと分かります。ispaceが着陸に至らなかった後に出した一連の開示は、新しい工夫というよりも、打上げ前に交わした約束を守った場面と見るのが正確でしょう。
もっとも、こうした不確実性への対処にも限界はあります。
前提を細かく開示すれば、その前提ひとつひとつが「その置き方は妥当なのか」という新しい質問の対象になります。独自指標も、限界を注記したところで他社と比べられなくなる点は変わりません。そして何より、これらは開示の工夫であって、実際の事業の進捗を良くするものではありません。開示が整っている会社と、事業が順調な会社は別です。
それでも、開示によって変えられるものはあります。不確実性そのものは減りませんが、その不確実性がどの範囲に及び、どれだけのインパクトを持つのかはあらかじめ示しておくことができます。確定していないことの範囲を先に区切り、その区切り方を後から動かせないようにしておくことで、結果が出たときに説明すべきことは、区切りのどこに着地したかだけで済むのです。